2005年 なにわ人形芝居フェスティバル 全国脚本公募 選評

総 評

  人形芝居はモノから始まる。そのせいか、今回もビジュアル的に面白いもの、閻魔大王・鬼・死神・魔女・動物たちなどが多かった。が、物語のセリフ等はあまり面白くなかった。そのモノたちの心の中が、うすいのである。その心の中こそ、本当は作者の心の中だと思う。(意地悪な言いかたをすれば、何となく駄洒落の多いウケねらいの脚本が多かった。)作者が今、何を思い、何を表現したいか、そんな源泉を見るような脚本に出会いたかったというのが本音である。
  ですから今回は最優秀大賞・優秀賞は審査員の総意で見送りとなりました。 人形はその辺に放って置けばただの死体です。生身の人間は初めから魂を持っていますが、人形は魂を入れることから始まります。どんな魂を入れるかが作者の課題です。つまり人形は、どんなモノたちであれ、いつも人間の心を表現するために存在している気がします。より人間の感情の奥底を表現している脚本が、人形芝居の世界を豊かにしてくれるはずです。こう書くと大人向けの人形劇観みたいですが、子どもたちも同じです。そんな脚本を期待しています。  (東口次登)
 
  これまでの年に比べて今回はかなり低調だったと言わざるを得ない。脚本であるという意識すら感じられず、いったいどういうつもりでこの賞に応募したのか理解に苦しむものも多かった。
 自分がいったい何を表現したいのか、どうやればそれを自分以外の人間にうまく伝えることができるのか、ということをもっと考えてほしい。
 もちろん審査員特別賞に選んだ『カサカサの神様』と『次郎長平次母子再会』はそんなことはなく、どちらも楽しんで読むことができた。  (北野勇作)

  応募作には世相が反映されますが、出口のない不況のせいなのか今回はファンタジーにも余裕がなくなった気がします。惜しいなあ、あともうひとひねりあればなあと思う作品はいくつかありましたが、残念ながら最優秀、優秀賞ともになしという結果になってしまいました。
何かを書くのに技術は必要ですが、どうしても書かなければならない衝動から生まれたものはテクニックが足りなくても書き手の熱意が伝わってきます。また、どうしても伝えたいと思って書かれたものは最後まで読ませる力を持っています。そこに人形ならではの動きや、人形劇の舞台という枠のなかだからこそできる試みがあれば文句なしの芝居になるのではないか。ありがちな材料でも、ありがちなお話でも、ゴールまで破綻せずにひっぱっていく力があれば、奇をてらう必要はないと思います。
と、まあ私自身もそれがなかなかできずにいるわけですが。  (光山明美)

大 賞 該当なし

優秀賞 該当なし

審査員特別賞 「子象のパンプ」

 象牙を狙う密猟者のために、母親を失った子象。密漁を阻止するための動物保護官たち。その中の見習い的な主人公によって、子象はパンプと命名され、育っていく。動物のための環境保護や動物愛、それをとりまく人間たちの優しさや、欲望、色んなものが詰まった脚本である。人形芝居にそのままするには難しいと思われるが、作者がこの脚本を書きたいと思った意思、子どもたちに見せたいという思いが強く伝わる内容だったので審査員特別賞として推薦しました。  (東口次登)

審査員特別賞 「極楽に昇った鬼」

 地獄から脱出したい鬼のコンビが、鷲に乗って娑婆に行く。着いたところが昭和20年8月6日の広島市。原爆の落とされた町で生き残った人を助け、極楽へ行くというお話。
 原爆は見せ物ではないし、現実の前でこういうフィクションが成立するのか、また生き残った人は大半が申し訳ないと思うというのに、人形劇の人形でそういう人間の感情を表せるのかという意見のなかで、あえてこの作品を選んだのは、原爆という最大に奇をてらった道具立てがなくても、じゅうぶん見せられるお話だと思ったからです。地獄の鷲の最大走行距離が極楽ではなく娑婆までとか、鬼も人助けをして喜ばれれば気分がよくなるとか、のディテールに惹かれたからです。
 地獄でこき使われている鬼たちが娑婆へ送ってもらう交換条件として、鷲に示したのはラクな仕事への配置転換でした。かれらがたどり着く先は過労死かリストラか二者択一を迫られる、どこかの会社でもよかったのではないか、と思い、あえてこの作品を選びました。  (光山明美)
審査員特別賞 「カサカサの神様」
 
    『カサカサの神様』は、父親が十二年前に神様に願った事がなんだったのか、という単純だが明確な謎が物語を進める力になっていて、それを知りたがる主人公に素直に感情移入でき、無駄のない語り口にも好感が持てる。
 なによりも、他者に伝えようという意思が明確に感じられた。    (北野勇作)

審査員特別賞 「次郎長平次母子再会」

   『次郎長平次母子再会』は、猫に芝居がかった大仰な口調で会話をさせるというアイデアが上方落語の『鴻池の犬』を連想させ、それを人形劇でやろうというのがおもしろい。また、猫は四足歩行、人間の発する言葉が猫にはでたらめな音にしか聞こえない、など、ある規則に基づいてきちんと世界が構築されている。
 この作品もなによりも、他者に伝えようという意思が明確に感じられた。    (北野勇作)  

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